息子の入院効果

  • Day:2014.11.30 22:12
  • Cat:思い
この2週間で4往復した、4度目の仙台から今日戻ってきました。

もともと予定していたのは、この土日の定期演奏会だけだったのに
その前に仙台の長男が入院したことで、
プラス3回仙台と栃木を往復した時間と費用、仕事を4日休んだこと、入院費・・・etcは、
全くの予定外でした。

でも、私にとってはまさに夢のような2週間でした。
まず、
知り合いも土地勘も全くない仙台でひとり、片道1キロの息子の病院とアパートを往復した心細かった毎日。
コンビニのお弁当は2日でギブアップしたが、それ以上に誰とも話さないことに耐えられなかった。
普段から職場でも「話しかけんなよオーラ」出しまくりで一日仕事していても全く平気な私が、
「話せないこと」にこんなにストレスを感じるなんて私自身が一番ビックリだわ。

スーパーのレジのおばちゃんと話すだけで幸せを感じるようになってきたし、
真っ暗なアパートの部屋に
たっだいまぁ~!!
・・・って言っても、だれもいないのよねぇ~!!
アタシったら何言ってんだか! ぷぷぷ

なんて話しかけながら帰るようになって、かなり危なかった。

時々、仙台にいる筈の名前も顔も知らないブロともさんを思い出しては
こんな時、連絡先くらい知っていたら話相手になってもらえたのに・・・・と思っていたが、
どういう訳か、私が仙台滞在中はブロともさんのブログの更新がなく
お忙しそうでコメントも入れずじまいだった。

そして、3回目の仙台から戻った直後、ブロともさんからコメントが。
壊れて修理に出していたパソコンが戻ってきて久しぶりに覗いた私のブログ記事にビックリし
なにぃ~?ドルチェさん仙台に来てたんかい~!
あわててコメントをくださった。

4度目の仙台行きがあることを知らない彼女の
ネギを持つくらいのお手伝いはできますから今度仙台にくることがあったら連絡ください」
という言葉に甘えて 明日また行きます!と新幹線の時間だけ連絡を入れたのは前日の深夜。
翌日わたしが家を出る時間になっても彼女からの返信は来ず
会えるのかどうかすらわからないまま、ただ運命に任せて家を出発したのでした。

私の仙台滞在中に彼女のパソコンが壊れたのも何かの運命。
私のメールがうまく届いていなくて会えなかったとしても
それは、「会うべきじゃない」という何らかの力だと思ったのですが、
たまたま、携帯の「迷惑メールフォルダ」に入っていた私のメールに気づいてくれて
急遽お会いできることになったのです。

「私よりちょっと年上のナチュラルな感じのおばさん」を想像していたので
改札に現れたかわいらしい女性がブロともさんと気づくのにかなり時間がかかりましたが、
お話してみると、誰にも媚びず自分の考えをしっかり持っているところは
ブログ通りの方でした。

200キロも離れて暮らすこのブロともさんとお会いする日が来るなんて思ってもみませんでしたが、
東日本大震災のあとに津波の被害を受けた地域を見ただけで震災を知っているつもりになっていた私に
実際に何人ものお友達を津波で亡くされた彼女の話は、わたしの胸に突き刺さり
「なんだ、わたし何もわかっていなかったんじゃないか」と気づきました。




息子が病気にならなかったら出会えていなかった
・わたしの人生感を揺さぶるような病室の患者さん
・ブロともさん
今回の入院は無駄じゃなかったな・・・と思うのです。




さて、来月初出場のくろばねマラソンですが、
ずっと忙しくて全く練習できておらず、前回走ったのがいつだったかさえ思い出せないので
仙台から帰って荷物を片づけるより早く近所を走りに行きました。
久しぶりなんで無理をしないよう休み休み走ろうと思いながらスタートしたのに
思いのほか絶好調で、これまで一度も完走できたことがない坂まで難なくクリア。
まだあと10キロくらい走れるわっ!ってくらいの余裕です。

なんだ?コレ
そうだ!仙台では車がなかったので
毎日何キロも歩いていたあの効果としか思えない。

これも、息子の入院のおかげ?

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